増えてきた相続相談…実務を通して見えた、日本のお金の流れの歪み

相続に関する相談が、最近本当に増えてきた
私は現在52歳のフリーランス兼法人経営者です。
1級ファイナンシャル・プランニング技能士の資格を保有しており、大企業・中小企業・個人、さまざまなコンサルティングに従事しています。
最近、年齢的なものなのか、相続の相談に乗る機会がものすごく増えてきたような気がします。
我々の親世代が80歳前後(団塊世代)になりますので、ちょうど相続や終活に直面してきている時期なのでしょう。
ある程度は想定していたことですが、ここまで続くと、ひとつの違和感のようなものが胸に残ります。
相続には、本当にさまざまな悩みがあります。
世代間の不公平感、兄弟間の不公平感、納税資金の不足、不動産の分割、認知症の問題、感情的な衝突…。
相談内容は多岐にわたります。
ただ、話を聞いていて毎回感じるのは、「悩みの質」が、日々の生活に追われる人のそれとは、まったく異なるということです。
お金のあるところには、確かにある
率直に言えば、相続の現場にはお金があります。
しかも、驚くほどの金額が。
現金、不動産、株式…。
どれも簡単には動かせないけれど、帳簿の上では確かにそこに存在している資産です。
そして、その多くが、ほとんど動かないまま長い時間を過ごしています。
「こんなにお金があるのに、なぜこんなに悩むのだろう」
相続相談に乗るたび、そんな感情がふと湧き上がってきます。
私自身は、お金がない側の人間
一方で、私はどうかと言えば「お金がない側」の人間です。
もしかすると、この記事を読んでいるあなたも、私と同じように「お金がない側」にいるのかもしれません。
私自身、うつ病になっても、立ち止まる余裕はありませんでした。
フリーになって法人を立ち上げ、必死で働き、必死で稼ぎ、気がつけば、お金は、生活費へ、学費へ、住宅ローンへ、税金へ、社会保険料へ…、と流れるように消えていきます。
手元に残る実感はほとんどありません。
残るのは、消耗した体と、次の支払いまでのカウントダウンだけです。
お金が「止まってしまう」恐怖
私の周囲では、お金がまるで衛星のように高速でぐるぐると回っています。
止まった瞬間に、すべてが終わる。
そんな感覚があります。
もし収入の流れが一度でも滞れば、自分自身がショートして、倒産や破産に一気に近づいてしまうような気がするのです。
だから常に何かに追われている。
休むことが怖く、考える余裕もなく、ただ回り続けるしかない。
そんな感覚で日々を過ごしています
相続の世界は、まったく逆だった
ところが、相続の話になると、世界は一変します。
そこには、止まったお金があります。
何千万円、場合によっては億単位のお金が、ほとんど動かずに存在している。
それにもかかわらず、そこには深い悩みや不安がある。
「動かないお金」と「動き続けないと生きられない人間」。
この対比に、私は強い衝撃を受けました。
これが日本の現状なのでしょう
働いても働いてもお金が残らない人がいる一方で、使われないまま眠り続ける資産もあります。
相続の現場で起きているのは、単なる家族間の問題ではなく、日本社会全体の構造そのものなのかもしれません。
親戚の集まりや、知人から小耳に挟んだ相続の話、ニュースで目にする「争族」
思い当たる場面が、一度はあったのではないでしょうか。
高齢世代に資産が集中し、若い世代や現役世代は、回り続けるお金の流れから一瞬たりとも降りられない状況…。
その結果として、相続という場面で、初めてお金が「問題」として表に出てきます。
相続は、お金の話であり、生き方の話でもある
相続の相談を通して、私は「お金との距離感」について考えさせられています。
・お金があるのに動かせない苦しさ
・お金がないから止まれない苦しさ
どちらも、決して軽いものではありません。
相続とは、単なる財産分与の話ではなく、これまでの生き方と、これからの社会のあり方を映し出す鏡なのだと、最近強く感じています。
この違和感を言葉にすること自体が、何かの答えにつながるのかは分かりません。
ただ少なくとも、相続の相談に向き合うたびに、私はこの国のお金の流れの歪みを、否応なく突きつけられています。
あなたは今、動き続けないと生きられない側でしょうか。
それとも、動かないまま眠るお金の近くにいる側でしょうか。
















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