週3日だけ働く生き方・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。働き方に悩む人の道しるべに。

ダイヨビ・キタヨビ・代ゼミ江坂…大阪から消えた予備校の「跡地」と閉校の真相

2019年1月30日大阪北部

【この記事の結論】

大阪予備校(ダイヨビ)・大阪北予備校(キタヨビ)・代々木ゼミナール大阪校(江坂)は、いずれも少子化と浪人比率の減少により閉校しました。

跡地は現在、マンションや商業ビルとして再開発され、当時の面影は残っていません。

大阪予備校と大阪北予備校が消えた理由と跡地

ダイヨビ・キタヨビ。

大阪予備校と大阪北予備校の愛称です。

私と同じ、団塊ジュニア世代で、大阪にずっと住んでいる人であれば、ほとんどの人が聞いたことはあるのではないでしょうか。

大阪北予備校は十三駅の東側、大阪予備校はなんば駅の南側に存在していました。

ダイヨビ・キタヨビでは、予備校としては珍しいクラス制度・チューター制度を導入していました。

小テストなども盛んで、出欠を厳しく確認するなど、高校の延長上というイメージが強く、高校4年生校舎とも言われていました。

年越しの大晦日自習室での勉強なども、ダイヨビ・キタヨビの風物詩でした。

文字通り、関西での知名度は抜群でした。

京都大学・大阪大学・神戸大学・大阪市立大学・大阪府立大学などの難関国公立大学をはじめ、同志社大学・立命館大学・関西学院大学・関西大学などの名門私立大学へも、数多くの合格者を輩出していました。

しかし、2000年代に入り、少子化や大学全入時代の流れには逆らえず、生徒数も激減。

2005年には大阪予備校、2006年には大阪北予備校が廃校となりました。

※2025年時点において、跡地のマンションはファミリー向け物件となり、近隣の再開発の象徴的存在になっています。

代々木ゼミナール大阪校(江坂)が消えた理由と跡地

大阪で代ゼミといえば、江坂でした。

その後、湊町駅前(現JR難波駅前)に大阪南校ができ、今も存続していますが、当時は江坂が本部的な扱いでした。

地下には食堂、1階には書店、2階にはデータ室、上階にも数多くの自習室を備え、浪人生にとっては、とてもいい環境でした。

90年代は、駿台・河合塾と並び、3大予備校のひとつでしたが、どちらかといえば、私立文系型の講義が多かった気がします。

”講師陣の代ゼミ”

と言われたほど、個性的な講師も多く、楽しい授業も多かったような気がします。

校舎も大きく、いつの時代になっても、江坂の代ゼミは、つぶれることはないと思っていました。

しかし、2015年、私の知っている代ゼミ大阪校は、まさかの廃校となってしまいました。

もうすでに、校舎は解体され、代ゼミ大阪校の跡地には、大型ビルが建設されています。

巨大予備校が消えた本当の理由

巨大な予備校が消えた理由としては、少子化による経営不振によるところが大きいのでしょう。

しかし、もう一点、思い当たることがあります。

「浪人比率」です。

90年代は3人に1人が浪人していましたが、最近は8人に1人しか浪人しないそうです。

「自分が合格できそうな大学に現役で進学したい」

という、受験生の安全志向心理も、予備校の経営に影響しているものと思われます。

予備校の収入源は、浪人生の全科履修生だと思われますので…。

今後、予備校はどうなるのか?

現在、生き残っている予備校も、時代の流れに負けることなく、資格取得に励む社会人をとりこむなど、なんとか生き残りを図ってもらいたいと思います。

よくある質問(FAQ)

<Q1>大阪予備校(ダイヨビ)の跡地は現在どうなっていますか?

<A1>2005年に閉校後、現在はマンションに建て替えられています。

<Q2>江坂の代ゼミ大阪校の跡地は現在どうなっていますか?

<A2>校舎は解体され、現在は大型ビルが建設されています。

▼最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になりましたら、応援クリックをいただけると、とても励みになります

にほんブログ村 ライフスタイルブログ フリーランス生活へ
にほんブログ村





スポンサーリンク

Posted by かずきび47