週3日だけ働く生き方・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。働き方に悩む人の道しるべに。

水の都・大阪に消えた「幻の西横堀川」とは?跡地と歴史をわかりやすく解説

2019年8月3日大阪中部

道頓堀川のすぐそばに「川跡」がある?

水の都、大阪。

その中心部となる、なんばと心斎橋の間には、東から西へ道頓堀川が流れており、大阪人なら誰もが知っていると思います。

阪神優勝やW杯勝利のときに飛び込みが話題になるあの川のことです。

では、その道頓堀川から少し西へ。

なんばハッチ(旧湊町駅)周辺を見ると、「道頓堀川と交差していたかのような川の跡」が残っています。

「これって一体何?」

そう疑問に思った人も多いのではないでしょうか。

阪神高速道路の下を流れる東横堀川

まず、基準となる川をおさらいします。

東横堀川とは?

・土佐堀川から道頓堀川を南北に流れる

・中央区・船場を縦断

・現在は阪神高速環状線(南行き)の下を流れている

「高速道路の下の細い川」と言えば思い出す人も多いのではないでしょうか。

昔はかなり汚れていましたが、最近はだいぶきれいになってきたような気がします。

では、北行きの高架下には「西横堀川」があった?

結論から言うと、

「昔は西横堀川が流れていたけど、現在は完全に消えている」

ということになります。

では、その西長堀側は一体どこへ消えたのでしょうか?

幻の西横堀川…その歴史と流路

土佐堀川〜道頓堀川の3kmを南北に流れていた

西横掘川(西長堀川)は、東横掘川と対になる形で、大阪市中央区と西区の境界線を南北に約3Km流れていました。

現在の地点で言えば、

・阪神高速環状線(北行き)

・西長堀駐車場付近

このあたりが、旧・西横堀側の流路にあたります。

なんばハッチ付近の「川跡」はその名残

冒頭で触れた、道頓堀川と交差しそうな川の跡。

これはまさに、西横堀川の痕跡です。

西横掘川と長堀川…四ツ橋の成り立ち

西長堀川は姿を消しましたが、もうひとつ姿を消した川があります。

長堀川とは?

それは、長堀川です。

長堀川は、現在の長堀通を東西に流れていました。

四ツ橋の由来

・西横堀川(南北)

・長堀川(東西)

この2つが交差する地点に架かっていた橋が「四ツ橋」となっていたのです。

つまり、

「四ツ橋=2つの川が交差する場所」

というのが本来の意味なのです。

現在の四ツ橋交差点(阪神高速×長堀通)に重ねてみると、歴史の見方が少し変わります。

西横掘川が消えた理由…高速道路建設と埋め立て

西横掘川は、江戸時代に整備され、大阪・船場の発展に大きく寄与しました。

しかし、昭和に入り、状況が変わります。

昭和39〜46年:阪神高速環状線の建設に伴い埋め立て

当時の西長堀川は、すでに「ドブ川」のような状態になっており、水路としての役目も薄れていました。

・周辺は三井住友銀行、大総生命などのオフィス街化

・川を活用する商いも衰退

こうした都市開発の流れの中で、川は埋め立てられ、現在はほとんど痕跡が残っていません。

水都大阪に残る「静かな痕跡」に目を向けてみると…

西横掘川が完全に姿を消した今でも、ところどころに碑や案内板が残されており、かつての流路を静かに伝えています。

水の都・大阪。

街を歩くと、今回のように「消えた川」や「消えた橋」の名残が随所にあります。

こうした痕跡を巡ることで、大阪の街の成り立ちや、知られざる歴史に気づくきっかけになるかもしれません。

▼最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になりましたら、応援クリックをいただけると、とても励みになります

にほんブログ村 ライフスタイルブログ フリーランス生活へ
にほんブログ村





スポンサーリンク

Posted by かずきび47