大阪を代表する2つの待ち合わせ場所(ビッグマン前とロケット広場)

ビッグマン前とロケット広場…あのロケットはいまどこへ?
大阪の2大ターミナル駅といえば、キタの梅田、ミナミの難波です。
待ち合わせスポットとして使われてきた場所は数多くありますが、今回は、その中でも象徴的な2つを紹介していきたいと思います。
梅田の定番といえば「ビッグマン前」
巨大ターミナル・梅田で最も知られた待ち合わせ場所
梅田駅周辺は、全国でも屈指の巨大ターミナルです。
地下街も迷路並みに広く、初見では方向感覚を失うほどです。
そのため、待ち合わせ場所を曖昧にしてしまうと「遭難」しかねません。
そんな梅田でも最も有名なスポットが、阪急梅田駅2階改札を降りてすぐの
「ビッグマン前」
でしょう。
「ビッグマン」と大きく書かれたモニターの前に広がる広場で、紀伊国屋書店が目の前ということもあり、常に多くの人で賑わっています。
なぜ「ビッグマン」?
関西以外の人からすれば
「どこに巨人がいるの?」
と言いたくなるネーミングですが、単に大型ビジョンの愛称です。
夕方の18〜19時台にもなると、通勤客や待ち合わせの人で大混雑。
東京で例えるなら、「渋谷ハチ公前」級の分かりやすさを持つ場所だと言えるでしょう。
ただし、関西人同士の待ち合わせでは、
「混みすぎて逆に見つからない」
という理由で避けられることもしばしばあります。
それでも、1981年の設置以来、
「梅田といえばビッグマン」
という文化は今も健在です。
かつての難波の象徴「ロケット広場」
地下に突然ロケットが立つ異様な光景
梅田ほどではないにせよ、難波も巨大ターミナルです。
昭和〜平成初期にかけて、ミナミの待ち合わせ場所として絶対的な存在だったのが、
「ロケット広場」
になります。
南海なんば駅の地下1階に位置し、吹き抜け空間に本物そっくりのロケット模型がそびえ立っていました。
そんな衝撃的すぎる光景が当たり前のように広がっていました。
このロケットは、日本初の静止衛星「きく2号」を打ち上げたH-Iロケットの模型で、三菱重工業が1978年に製造したものでした。
子どもにとっても大人にとっても、忘れられない存在でした。
難波ユーザーにとっては「絶対知ってる」場所
南海から地下鉄・近鉄へ乗り換える動線上にあったため、難波を利用する人なら必ず通る場所といっても過言ではありません。
高島屋、なんばCITY、駅の改札も近く、利便性・目印としての強さも圧倒的でした。
私自身も、
「このロケット、本物?いつ飛ぶの?」
と毎回ワクワクしながら見上げていた記憶があります。
携帯電話時代で使命を終え、そして撤去へ
しかし、時代は流れ、携帯電話が普及すると、
「分かりやすい目印の前で待つ必要」
は徐々に少なくなっていきました。
そして、2007年、なんばターミナルの大規模改修に伴い、ついにロケットの撤去が決定。
2009年には、エリア名称が「なんばガレリア」となり、現代的で洗練された空間へ姿を変えたのです。
今では、南海なんば駅といえば、なんばパークスとガレリアという印象が強くなっています。
それでも私の中では、あのロケットは生きている
難波の待ち合わせ場所といえば「ロケット広場」。
野球といえば「大阪球場(現・なんばパークス)」。
あの頃の風景は、私の中では今も消えてません。
現在の難波を歩くたび、
「あのロケットはどこへ行ったのだろう?」
と、いつもあの光景が思い出されるのです。
















ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません