みさき公園が閉園する20年前にひっそりと姿を消していた遊園地とは…?

もう、私が、下記の記事を書いて、5年以上、経過したのでしょうか。
今では、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンやら大阪・関西万博(閉幕)など、大阪ベイエリアが賑わっています。
ただ、私が子供の頃、USJや大阪・関西万博があった場所は何もない埋立地でした。
その代わりというほどではありませんが、大阪の南端には「みさき公園」という総合レジャー施設が存在していました。
遊園地と動物園と公園がすべて合体したようなテーマパークで、いつも子ども連れの家族で賑わっていた気がします。
私もよくお世話になりました。
その「みさき公園」も2020年に閉園。
閉園から、すでに5年近くの時間が経過しました。
本記事を執筆している2026年時点において、みさき公園の跡地には、新しい動物園のようなテーマパークの準備が進められているようです。
この開発も、大阪南部の活性化になればいいなと、心より願っています。
さて、そんな中、今回話題にしたいのは、また別の遊園地になります。
みさき公園が閉園する20年ほど前、大阪南部でひっそりと姿を消していた遊園地が存在していたのです。
さやま遊園とは?
みさき公園が閉園する20年前に閉園していた遊園地とは…
「さやま遊園」のことでした。
泉北ニュータウンや狭山ニュータウン出身の方であれば、誰もが知っている遊園地ではないでしょうか。
かつて、大阪狭山市に存在していた、狭山池の横にあった少し小規模な遊園地です。
さやま遊園は、1938年に南海電鉄によって開園されました。
当時は「狭山遊園前駅」が最寄駅でしたが、閉園後、つまり現在は「大阪狭山市駅」に名称変更しています。
これにより、さやま遊園の言葉を聞くことはほとんどなくなったため、「さやま遊園」と聞くと、とても懐かしい感じがするのではないでしょうか。
戦時中などの紆余曲折を経て、泉北ニュータウン・狭山ニュータウン全盛期には、小規模で地域密着型の遊園地として大変賑わっていました。
プール、スケートリンク、観覧車、メリーゴーランドなど、典型的な昭和の遊園地だった記憶があります。
観覧車だけは、現在のハーベストの丘に移管されたのかな…。
さやま遊園ですが、ピーク時には年間で50万人を超える入場者があったとのことですが、少子化の影響もあり、入場者は激減。
赤字が拡大し、2000年4月に閉園となりました。
さやま遊園との思い出
学生時代、友達グループとよく遊びに行きました。
近くだったし、ディズニーランドのように広すぎて、迷子になることも疲れることもありませんでした。
街中でありながら、横には狭山池があり、独特な景観で、とてもよかったです。
手頃に遊べたので、そののんびりとした雰囲気が私には合っていました。
グループ交際など、これから仲良くなろうとする女の子たちを連れて行くのにも、ちょうどいい感じの知ったかぶりができました。
大きな遊園地だと限界がありますが…。
さやま遊園の跡地
さやま遊園は、私の学生時代とともに姿を消しました。
巨大な狭山池は今もなお健在ですが、さやま遊園の跡地は住宅地や高層マンションとなっています。
私はその後、さやま遊園の跡地に足を運んだことはありませんが、さやま遊園の記念碑やモニュメントも残されているとかなんとか。
昔、ここに遊園地があったことを、現在でも偲ぶことができるのでしょうか。
時間を見つけて、ぜひ、訪問してみたいと思っています。
みさき公園同様、大阪南部から姿を消したさやま遊園。
開発するのは、インバウンド向けの施設やベイエリアばかり。
もう大阪南部は廃れて行く一方なのでしょうか…。
寂しい限りです。






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