週3日だけ働く生き方・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。働き方に悩む人の道しるべに。

阪急淡路駅に「1号線」が存在しない理由とは?欠番ホームの歴史に迫る

2019年6月7日大阪北部

阪急淡路駅に「1号線」が存在しない?

阪急淡路駅。

大阪北部に住んでいる人にとっては、なじみのある駅でしょう。

淡路駅は、阪急京都線と阪急千里線の交差駅になっています。

北は北千里・河原町、南は天下茶屋・梅田へ直接行くことができます。

駅は、2面4線の構造になっており、

・2号線・3号線:北千里・河原町行き
・4号線・5号線:天下茶屋・梅田行き

となっています。

…しかし…

2号線から5号線はあるのに、1号線はありません。

なぜ、淡路駅には1号線がないのでしょうか?

今回はこの謎に迫っていきたいと思います。

阪急淡路駅の複雑な歴史

開業は1921年(大正10年)

淡路駅は、1921年(大正10年)、北大阪鉄道(十三駅–淡路駅–豊津駅)の開通とともに開業しました。

しかし、1923年(大正12年)、北大阪鉄道は、新京阪鉄道に路線を譲渡することになり、淡路駅は、新京阪鉄道の駅となります。

1925年(大正14年)には、新京阪鉄道(天神橋駅–淡路駅)も開通し、その後、新京阪鉄道は京都まで路線を拡大していきました。

新京阪 → 京阪 → 阪急へ

その後、紆余曲折を経て…

新京阪鉄道は、京阪電気鉄道となり、1943年(昭和18年)に阪急電鉄と合併することになります。

一時期は、合併していた阪急電鉄と京阪電鉄ですが、1949年(昭和24年)に、再び分離されることになり、現在に至っています。

淡路駅は「本線」と「支線」の分岐駅だった

では、淡路駅はどうなっていたのでしょう。

阪急電鉄は、京都駅から天神橋駅までの路線、つまり現在の京都線を本線、もともと北大阪鉄道のものだった淡路駅から十三駅までの路線を支線として扱っていたのです。

淡路駅から十三駅までの支線は、文字通り、十三線と呼ばれていました。

1号線は「折り返し専用ホーム」だった

淡路駅は、十三線の折り返し運転をするためのホームを1号線として使用していました。

行き止まりの小さなホームだったようです。

1963年:阪急京都線が全線開通

しかし、1963年(昭和38年)、阪急京都線(河原町駅–梅田駅)がすべて開通したことにより、折り返し運転の十三支線の存在価値はなくなってしまいました。

十三線(1号線ホーム)は廃止の道をたどることになったのです。

なぜ「欠番」のまま残ったのか?

1号線ホームを撤去した際、番号を振り直す案もあったそうですが…

・乗客の混乱
・運転士・駅係員の誤認
・既存案内の変更コスト

といった理由から、番号はそのまま残すことになりました。

ホームだけが消え、1号線の名前だけが欠番として残ったのです。

現在の淡路駅とこれから

淡路駅は、現在は阪急電鉄の駅として機能していますが、2019年3月には、JRおおさか東線の延伸により、JRとの乗り換え駅となりました。

歴史的にも非常に複雑な背景を持つ駅ですが、これからも大阪の交通の要所として、新しい歴史を積み重ねていくことでしょう。

【関連記事】大阪に眠る「鉄道の裏歴史」はこちら:

▼最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になりましたら、応援クリックをいただけると、とても励みになります

にほんブログ村 ライフスタイルブログ フリーランス生活へ
にほんブログ村





スポンサーリンク

Posted by かずきび47