昭和の公園にあった「4人ブランコ」…あの遊具はどこへ消えた?

最近、公園を歩いていて、ふと思ったことがあります。
「4人ブランコって、いつの間に消えたんだろう?」
今の公園にも1人用のブランコはあります。
ただ、向かい合わせに4人で乗ることができる、あの大きなブランコはほとんど見かけなくなりました。
一体、4人ブランコはどこに消えてしまったのでしょう?
昭和の頃の公園
私が子どもの頃、近所にあった小さな公園には、「4人ブランコ」がありました。
青くて、鉄の四角いフレームの中に、4つのブランコが向かい合わせに取り付けられた遊具です。
友達同士で向かい合って乗ったり、4人でタイミングを合わせて揺らしたり。
時には勢いをつけすぎて、ぶつかりそうになったり…。
今思えば、なかなか豪快な遊具だった気もします。
この4人ブランコ、私の近所の公園や大阪に限った話ではなく、たしか全国にもありましたよね。
4人ブランコが消えた理由
昭和の頃、公園にはさまざまな大型遊具がありました。
回転ジャングルジムや、高い滑り台、コンクリートで作られた山のような遊具など、今ではあまり見かけないものも多かったと思います。
しかし現在の公園を見ると、そうした遊具はかなり姿を消しています。
理由はいくつかあると言われています。
・安全基準の厳格化によって、衝突や転落のリスクが高い遊具が撤去されたこと
・少子高齢化によって、公園で遊ぶ子どもの数が減ったこと
・団地の改修などでスペースが見直され、駐車場や通路に変わったこと
・近年は猛暑が続き、金属製の遊具が熱くなりすぎて使いづらくなったこと
こうした変化の中で、昭和の公園にあった遊具は、少しずつ姿を消していったのでしょう。
泉北桃山台の公園の思い出
それでも、私の記憶の中には、あの青い鉄のフレームの4人ブランコが、はっきりと残っています。
そして、その横にあったはずの遊具だけが、どうしても思い出せないのです。
ジャングルジム、ゾウの滑り台(砂場)、4人ブランコ。
そして、このゾウの滑り台(砂場)と4人ブランコの間に何かあったような気がするんですが…。
プラスチックの椅子だったのか、タイヤの遊具だったのか…。
記憶がぼんやりしていて、どうしてもはっきりしないのです。
もちろん、現在の様にスマホで簡単に写真も撮れませんでしたので、公園の写真も残っていません。
泉北桃山台1丁5番、2棟、3棟、4棟の間に囲まれていた小さな公園です。
私が幼少の頃の遊び場でもあります。
もしこの記事を読んで
「4人ブランコを覚えている!」
という方がいれば、ぜひ教えていただけると嬉しいです。
どなたか写真とかお持ちではないでしょうかね…。






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