あの頃のパンジョが懐かしい…泉ヶ丘パンジョの昭和の記憶をたどって

泉北ニュータウンの泉ヶ丘といえば、今も昔も地域の顔ともいえる商業施設「パンジョ」。
パンジョの横では、泉北高島屋もがんばっていますよね。
2026年1月、堺東高島屋は閉店してしまいました。
昔のパンジョのことを思い出す
さて、パンジョの話。
現在はすっかりリニューアルされて、紀伊國屋書店やユニクロなど、さまざまなテナントが入る近代的なショッピングモールとして多くの人に親しまれています。
でも、ふとしたときに思い出すのです。
あの建て替え前の、昭和の香りが漂う古いパンジョのことを…。
私は泉北ニュータウン出身の団塊ジュニア世代です。
70年代から90年代まで、栂・美木多駅地区に住んでいました。
このため、記憶はもうかなりおぼろげです。
それでも、断片的に残る映像がどこか懐かしくて、こうしてキーボードを叩いています。
白い回廊と爬虫類の自動販売機
まず真っ先に思い出すのが、パンジョの静かな白っぽい回廊にあった爬虫類の自動販売機です。
ムカデやサソリといった生き物が自販機で売られていたような気がするのですが、これは夢だったのでしょうか……。
子どもだった自分には衝撃的すぎる光景で、怖いような、でも目が離せないような、不思議な感覚を覚えています。
今となっては確信が持てないのですが、たしかに爬虫類のゴム人形のようなものを買って集めて戦わせて遊んでいた記憶はあるのですが…。
バッティングセンターとゲームセンター
屋上にはバッティングセンターがあったと記憶しています。
ガシャンガシャンという機械音とともに白球が飛んでくるあの空間。
休日になると家族連れやお父さんたちでにぎわっていたような気がします。
いや、テニスコートだったのかも…。記憶が怪しい…。
館内にはゲームセンターもあったはずです。
当時のゲームセンターといえば、コインをじゃらじゃらさせながら、薄暗い空間でインベーダーゲームやピンボールに夢中になる場所。
野球でバッターがホームランか二塁打かヒットかを当てるギャンブルのようなゲームもあった記憶があります。
このため、子どもだけでは入りにくい雰囲気もあったような……。
あのゲームセンターを覚えている方はいらっしゃるでしょうか。
屋上遊園地とペットショップ
そして外庭のような場所には遊園地もあったと思うのです。
小さな乗り物や遊具が並んで、子どもたちの笑い声が響く、ちょっとした夢の空間。
遊園地の横には鳥か何かのペットショップもあったような。
その遊具のいくつかは、のちに荒山公園へ移されたという話を耳にしたことがあるのですが。
もし本当なら、あの遊具たちは形を変えて今も子どもたちに愛されているのかもしれない、と思うと少し胸が温かくなります。
書店とレストラン
書店については、たしか別記事のコメントで教えていただき「シンシンドー(進々堂?)」とかそういった名前だったような気がするのですが、記憶が曖昧です。
パンジョが現在の建物に建て替えされる前、たしかに、1階に本屋さんは存在していたのです。
私は「ウルトラマン80(1980年)」の本をお父さんから買ってもらった記憶があるので。
店の様子など、ご存じの方、ぜひ教えていただければと思います。
最後に、これも強く残っているのがホットケーキのおいしいレストランです。
屋上遊園地から直接入室できた気がします。
ふわっと厚みのあるホットケーキに、とろりとしたバターとメープルシロップ。
「特別な日」に連れて行ってもらえるお楽しみのお店だったような気がします。
昭和の頃のパンジョを知る方へ
こうして書き連ねてみると、どこまでが本当の記憶で、どこからが夢や想像と混ざり合ってしまっているのか、自分でも判然としません。
昭和のパンジョをよく知っている方、あの頃の泉ヶ丘で育った方、もしこのブログを読んでくださっているなら、ぜひコメントで上記の私の記憶について、なんでもいいので教えていただけると嬉しいです。
あなたの記憶が、私のぼんやりした思い出を鮮明にしてくれるかもしれません。
あの時代とあの空間を、この記事を目にしたあなたと一緒に共有してみたいです。
昭和のパンジョの写真や当時のパンフレットなどをお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひ教えていただければと思います。





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