「アダプテーションFIRE」目指すのは働かない人生ではなく、変化に適応できる人生

はじめに
以前、私は「グラデーションFIRE」について記事を書きました。
FIREというと、
Financial Independence, Retire Early
つまり、経済的自立を達成して、早期に労働から離れる生き方として知られています。
しかし、現実の人生はそれほど単純ではありません。
週5日働いていた人が、ある日突然仕事をやめて、翌日から完全FIREになる。
そんなきれいな切り替わり方をする人ばかりではないでしょう。
週5日から週4日へ。週4日から週3日へ。
資産収入を少しずつ増やしながら、労働収入への依存を少しずつ減らしていく。
そんな0か100かではない移行を「グラデーションFIRE」と呼ぶようです。
私はこの言葉を知ったとき、
「これは、自分が長年やってきた週3日ワークに近いな」
と思いました。
ただ、考えれば考えるほど、少し違うような気もしてきました。
私は週3日から週2日、週1日、そして完全FIREへ向かいたいわけではないからです。
そこで前の記事では、こんな言葉を使いました。
Adaptation FIRE(アダプテーションFIRE)
もちろん、世の中にこんなFIREの分類があるわけではありません。
私が勝手につくった言葉です。
ただ、自分がこれまでやってきたことを振り返ると、「グラデーション」よりも「アダプテーション=適応」のほうが、ずっとしっくりきます。
今回は、この「アダプテーションFIRE」について、もう少し考えてみたいと思います。
FIREには「ゴール」がある
一般的なFIREには、比較的わかりやすいゴールがあります。
十分な金融資産をつくる。
その資産から得られる収益で生活費をまかなえるようにする。
そして、労働収入への依存をなくす。
もちろん、サイドFIREやバリスタFIREなど、実際にはさまざまな形があります。
それでも基本的な方向としては、
「労働への依存を小さくしていく」
というベクトルがあります。
たとえば、
週5日 → 週4日 → 週3日 → 週2日 → 週1日 → FIRE
と進んでいけば、とてもわかりやすい。
労働量が減るほど、FIREに近づいているように見えます。
しかし私は、この「一方向に進む」という考え方そのものに、少し違和感がありました。
人生は、一方向には進まないからです。
人生の条件は、ずっと変わり続ける
30歳のときと、50歳のときでは、人生の条件が違います。
必要なお金も違います。
体力も違います。
家族の状況も違います。
持っている資産も違います。
仕事に対する気持ちも違います。
社会そのものも変わります。
物価が上がることもあります。
金利が上がることもあります。
景気が悪くなることもあります。
逆に、自分にとって面白い仕事が突然現れることもあります。
・・・・・。
そう考えると、
「今から20年かけて労働量を少しずつ減らし、最終的にゼロにする」
という計画そのものが、かなり長期の予測に依存しています。
20年後の自分が何をしたいのか。
20年後にいくら必要なのか。
20年後にどんな仕事が存在しているのか。
そんなことは、今の私にはわかりません。
だったら、未来を決めてしまわなくてもいいのではないか。
これが、アダプテーションFIREの出発点です。
減らすのではなく、動かせるようにする
私が重要だと思っているのは、労働量を減らすことではありません。
労働量を動かせることです。
たとえば今、週3日働いているとします。
体調が悪くなれば、週2日にする。
お金が必要になれば、週4日にする。
面白い仕事が来れば、一時的に週5日働いてもいい。
逆に、仕事に魅力を感じなくなれば、週1日まで落としてもいい。
そして、何もしなくても生活できる状況になり、仕事もしたくなければ、ゼロにしてもいい。
つまり、
週5日 → 週3日 → 週4日 → 週2日 → 週3日 → 週1日
でも構わないのです。
ここには、最終ゴールがありません。
あるのは、
その時点の自分に合った状態へ調整する
という考え方だけです。
これが、私の考えるアダプテーションFIREです。
少しわかりにくいかもしれませんので、イラストにしてみました。
「FIRE率」ではなく「可動域」を持つ
この考え方をもう少し進めると、FIREを見る尺度そのものも変わってきます。
たとえば、
「生活費の80%を資産収入でまかなえるから、FIRE達成度80%」
という考え方もできるでしょう。
これは非常にわかりやすい。
しかし、私が重要だと思っているのは、その数字だけではありません。
むしろ、どこまで自分で動かせるのか。
こちらです。
週5日働かなければ生活できない人が、突然週2日にするのは難しいでしょう。
逆に、完全に仕事から離れて10年経った人が、「来月から以前と同じ条件で働こう」と思っても、簡単ではないかもしれません。
大切なのは、
・働ける
・減らせる
・休める
・戻せる
・増やせる
・やめることもできる
この選択肢を持っていることです。
私はこれを、FIREの「達成率」というより、
「人生の可動域」
だと考えています。
可動域が広ければ、環境が変わっても調整できます。
100%の会社員も、100%のFIREも、固定されれば動きにくい
ここで少し面白いことが見えてきます。
週5日の会社員生活と、完全FIRE。
一見すると正反対です。
しかし、「状態が固定されている」という点では、似たところがあります。
給与収入だけに100%依存していれば、仕事を減らすことが難しくなります。
一方、完全に仕事との接点をなくしてしまえば、今度は労働収入を増やしたくなったときに、すぐ戻せるとは限りません。
もちろん、どちらが悪いという話ではありません。
週5日働くことが自分に合っている人もいるでしょう。
完全FIREが快適な人もいるでしょう。
ただ、私自身が欲しいのは、特定の状態ではありません。
状態を変えられる能力です。
だから私は、完全FIREそのものには、それほど強く惹かれないのだと思います。
これは「未来を予測しない」という考え方でもある
私は仕事で、需要予測や在庫計画、S&OPといった分野に長く関わってきました。
そこで何度も感じてきたことがあります。
予測は必要です。
しかし、予測は外れます。
どれだけ精緻な計画をつくっても、現実はその通りには動きません。
だから本当に重要なのは、
「予測を当て続けることではなく、予測が外れたときに修正できること」
です。
人生も同じではないでしょうか。
「60歳でこれだけの資産をつくり、完全FIREする」
という計画を立てること自体は悪くありません。
しかし、その計画を20年、30年と固定する必要はありません。
途中で条件が変われば、計画も変えればいい。
働く量を増やしてもいい。
減らしてもいい。
資産形成を急いでもいい。
少し休んでもいい。
未来を完璧に予測するのではなく、
現在の状態を観測しながら、自分の行動を調整していく。
アダプテーションFIREは、そんな考え方です。
ただし、「自由に変えればいい」は簡単ではない
ここまで読むと、
「そのときの状況に合わせて働き方を変えればいいだけでは?」
と思うかもしれません。
理屈としては、その通りです。
しかし、これが難しい。
なぜなら、選択肢には事前準備が必要だからです。
仕事を減らしたいなら、減らしても生活できる経済的余力が必要です。
仕事を増やしたいなら、仕事につながるスキルや人とのつながりが必要です。
労働収入への依存を下げたいなら、別の収入源を育てる必要があります。
体調を崩したときに休みたいなら、時間にもお金にも余白が必要です。
つまり、適応するためには、
適応できる構造を、元気なうちにつくっておかなければならない。
ここで、私が以前から考えてきた「人生の冗長設計」とつながります。
アダプテーションを可能にするのが「冗長性」
効率だけを考えれば、収入源は一つでも構いません。
一番稼げる仕事にすべての時間を投入する。
余ったお金も、最も効率がいいと思うものへ集中する。
予定もぎっしり入れる。
使わない選択肢は捨てる。
平常時だけを考えれば、そのほうが効率的でしょう。
しかし、環境が変わった瞬間に弱くなります。
だから私は、
・労働収入以外の収入源を持つ
・仕事のルートを複数持つ
・資産も一つに集中させない
・時間を全部使い切らない
・お金も全部使い切らない
・使っていない選択肢も、ある程度残しておく
ということを大切にしています。
普段は無駄に見えるものが、環境が変わったときには調整弁になります。
つまり、
冗長性があるから、Adaptationできる。
アダプテーションFIREは、単独で成立する考え方ではありません。
その下には、複線化と余白が必要なのです。
私が「人生の冗長設計」と呼んでいる考え方については、こちらにまとめています。
FIREは「目的地」ではなく「可動域」なのかもしれない
FIREという言葉には、どうしてもゴールのイメージがあります。
資産を積み上げる。必要額へ到達する。そして会社を辞める。
もちろん、それを目標にする生き方もいいと思います。
ただ、私自身はそこを目指していません。
私が欲しいのは、
・仕事をする自由
・仕事を減らす自由
・仕事を増やす自由
・休む自由
・仕事をしない自由
そのすべてです。
だから、
「FIREできるようになったから、もう働かない」
でもありません。
「まだFIREできないから、働き続けなければならない」
でもありません。
働くか、働かないかを、その時々の自分が決められる。
その状態をできるだけ長く維持したいと思っています。
私にとってのアダプテーションFIRE
「アダプテーションFIRE」という言葉は、たぶん一般的な言葉ではありません。
私自身が、自分の働き方を説明するためにつくった言葉です。
新しいFIREのカテゴリーを提唱したいわけでもありません。
ただ、FIREについて考えていると、
「いつFIREできるのか」
「いくらあればFIREできるのか」
「何歳で会社を辞められるのか」
という話になりがちです。
私は、少し違う問いを持っています。
「環境が変わったとき、自分の生き方をどこまで変えられるのか」
こちらのほうが、私には重要です。
人生には、上り坂もあれば下り坂もあります。
仕事が順調なときもあります。
うまくいかないときもあります。
元気なときもあれば、休まなければならないときもあります。
未来がどうなるかはわかりません。
だから、一つの未来に自分を固定しない。
そのとき、そのときで形を変える。
・必要なら働く
・必要なら休む
・増やす
・減らす
・戻る
・そしてまた変える
FIREを「働かなくなるためのゴール」ではなく、
人生を環境に合わせて動かすための可動域として持っておく。
それが、私の考える
Adaptation FIRE(アダプテーションFIRE)
です。
なお、アダプテーションFIREの実践事例は次の記事に書いています。興味のある方はぜひ。




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