なぜ大阪には競馬場がない? 長居と春木から消えた「大阪の競馬」をたどる

大阪には競馬場がありません。
こう書くと、少し不思議に感じないでしょうか。
東京には東京競馬場や大井競馬場があります。
大阪の隣の兵庫県には阪神競馬場と園田競馬場があります。
京都にも京都競馬場があります。
ところが、人口約880万人を抱える大阪府には、JRAの競馬場も地方競馬場もありません。
競馬に詳しくない人なら、
「大阪には昔から競馬場がなかったのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、そうではありません。
大阪市の長居公園には「大阪競馬場」がありました。
岸和田には「春木競馬場」がありました。
つまり大阪は、競馬場をつくらなかった都市ではありません。
かつて存在した競馬場が、すべて消えた地域なのです。
では、なぜ大阪から競馬場はなくなったのでしょうか。
今回は、その歴史をたどってみたいと思います。
今の大阪から競馬場がないのは少し不思議
関西の競馬場を地図で見てみると、興味深い配置になっています。
兵庫県には、JRAの阪神競馬場と地方競馬の園田競馬場。
京都府にはJRAの京都競馬場があります。
少し離れれば、地方競馬の競馬場も各地に存在します。
一方、大阪府にはありません。
大阪は関西最大の人口と経済規模を持つ地域です。
鉄道網も発達し、大勢の観客を集める施設との相性も悪くありません。
実際、ボートレース住之江や岸和田競輪など、競馬以外の公営競技は現在も大阪府内で開催されています。
それなのに、なぜ競馬だけがないのでしょうか。
その答えを探すには、戦後の大阪へ戻る必要があります。
長居公園には「大阪競馬場」があった
現在の長居公園は、大阪を代表するスポーツ公園です。
スタジアムや植物園、自然史博物館などがあり、ランニングを楽しむ人も多く見られます。
しかし戦後、この場所には大阪競馬場がありました。
大阪競馬場が開設されたのは1948年。
戦争が終わって、まだ3年ほどしかたっていない時代です。
当時の大阪は復興の途中にあり、自治体の財政も厳しい状態でした。
長居公園には競馬場だけでなく、大阪中央競輪場も設置されました。
大阪市は、これらの公営競技が戦後の大阪市の財政を助けたと説明しています。
つまり競馬場は、娯楽施設であると同時に、戦後復興期の大阪市にとって収入を生み出す施設でもあったのです。
大阪競馬場は1959年に廃止された
ところが、大阪競馬場の歴史は長く続きませんでした。
1959年12月に廃止されます。
大阪市立図書館の資料では、競馬による収入が大阪市全体の歳入に対して小さくなったことや、競馬が社会に対して弊害をもたらすことなどが廃止理由として紹介されています。
戦後直後には重要だった競馬収入の意味が、大阪の復興とともに相対的に小さくなっていったのです。
そして長居公園には、別の役割が求められるようになります。
大阪競馬場が廃止された1959年から、本格的な都市公園としての整備が始まりました。
競輪場も1962年に廃止。
その後、長居には陸上競技場や球技場などが整備されていきます。
馬が走る場所から、人がスポーツをする場所へ。
長居は大きく姿を変えました。
それでも大阪から競馬が消えたわけではなかった
長居の大阪競馬場がなくなったからといって、大阪府から競馬そのものが消えたわけではありません。
岸和田には、春木競馬場が残っていました。
春木競馬場は1929年に開場した歴史のある競馬場です。
戦前から存在し、関西を代表する競馬場として多くの観客を集めました。
戦後も競馬は続きます。
1960年からは、岸和田市を含む16市で構成された大阪府都市競馬組合が主催する形になりました。
つまり、長居の大阪競馬場がなくなったあとも、
「大阪には春木がある」
という時代が続いていたのです。
しかし、春木競馬場も大きな転換点を迎えます。
競馬法の改正で春木の仕組みが変わった
1962年、競馬法が改正されました。
これによって、地方競馬を開催できる主体が都道府県や競馬場所在地の市町村などに限定されることになります。
複数の市でつくる大阪府都市競馬組合による従来の開催方式は、そのままでは続けられなくなりました。
ただし、春木競馬がすぐに消えたわけではありません。
猶予期間や延長を経て、1968年には大阪府営として再開されます。
しかし、その際にも「向こう3カ年に限る」といった条件が付けられていました。
すでに春木競馬は、
「当然これからも存在する施設」
ではなく、
「存続させるのか、廃止するのか」
を問われる施設になっていたのです。
春木では地域住民が廃止を求めた
そして春木競馬場では、長居とは異なる動きが起こります。
地域住民による競馬反対運動です。
1970年、競馬関係者の生活や市町村財政などを理由に競馬を継続する動きが出ました。
これに対し、競馬場に隣接する宮前町婦人会などが反対運動を始めます。
わずか5日間で約1万人の署名を集め、大阪府へ陳情しました。
運動には労働組合なども加わり、春木競馬場の問題は大阪府知事選挙の争点の一つになるほど大きな政治問題へ発展します。
競馬場を残せば、そこで働く人の雇用や自治体の収入があります。
一方で、地域住民からは生活環境や競馬が社会にもたらす影響を問題視する声が上がる。
春木競馬場の存廃は、単なる施設の採算だけでは決められない問題になっていました。
1974年、大阪最後の競馬場が消えた
そして1974年3月16日。
春木競馬場で最後のレースが行われました。
約45年続いた競馬場の歴史が終わります。
長居の大阪競馬場が廃止されたのが1959年。
それから15年後、春木競馬場も姿を消しました。
これによって、大阪府内から競馬場がなくなりました。
春木競馬場の跡地は、その後整備され、1978年に岸和田市中央公園として開園します。
ここでも、
「競馬場から市民のための公園へ」
という土地利用の転換が起こりました。
長居公園と春木競馬場。
場所も歴史も異なる二つの競馬場ですが、結果として、どちらも跡地は市民が利用する公園へと変わっていったのです。
「大阪は競馬を廃止した」と単純化はできない
ここで注意したいのは、大阪から競馬場がなくなった理由を一つにまとめることはできないという点です。
長居の大阪競馬場では、戦後復興期に果たした財政的役割が相対的に小さくなり、社会的な弊害なども問題とされました。
さらに長居公園そのものを、本格的な都市公園として整備していく流れがありました。
一方、春木競馬場では競馬法の改正によって開催の仕組みが変わり、府営競馬として存続したあと、地域住民による大規模な反対運動や政治問題化を経て廃止されています。
つまり、
「大阪府が競馬嫌いだったから」
「競馬場が儲からなかったから」
「土地がなかったから」
といった一つの理由だけで現在の姿になったわけではありません。
それぞれ別の事情を抱えた競馬場が、異なる時期に廃止されました。
その結果として1974年以降、
「大阪府には競馬場がない」
という状態が続いているのです。
兵庫に残り、大阪から消えた競馬
ここまで歴史をたどると、もう一つ不思議に感じることがあります。
大阪から少し電車に乗れば、現在も競馬を見ることができます。
兵庫県には阪神競馬場と園田競馬場があります。
京都には京都競馬場があります。
つまり大阪の競馬ファンにとって、競馬そのものが遠い存在になったわけではありません。
府境を越えれば、大きな競馬場が存在しています。
結果として大阪では、自前の競馬場を持たなくても、近隣府県の競馬場へ比較的容易にアクセスできる状態になっています。
これは大阪から競馬場が消えた直接的な理由ではありません。
しかし、競馬場がなくなったあとも大阪が巨大な競馬市場であり続けることができた背景の一つとしては、興味深い地理的条件です。
「競馬を見る人がいないから競馬場がない」のではありません。
競馬を見る文化は残りながら、競馬場という施設だけが大阪府内から消えたのです。
競馬場が消えても、公営競技は残った
もう一つ興味深いのは、大阪から公営競技そのものが消えたわけではないことです。
現在も岸和田では競輪が開催されています。
大阪市内にはボートレース住之江があります。
つまり、
「大阪では公営競技そのものをなくした」
という説明も成り立ちません。
競馬場だけが、歴史の中で姿を消しました。
だからこそ現在の大阪は、少し珍しい状態になっています。
巨大な人口を抱える大都市圏。
公営競技も存在する。
近隣には大規模な競馬場もある。
競馬ファンもいる。
それなのに、大阪府内には競馬場が一つもない。
現在だけを見ると不思議なこの状態は、長居と春木という二つの競馬場の歴史をたどることで、ようやく見えてきます。
大阪に競馬場があった時代
今、長居公園を歩いても、競走馬を見ることはありません。
岸和田市中央公園を歩いても同じです。
そこにいるのは、ランニングをする人やスポーツを楽しむ人、散歩をする家族です。
しかし、どちらの場所にも、かつて競馬場がありました。
長居では、戦後復興期の大阪市の財政を支えるために競馬が開催されました。
春木では、関西を代表する競馬場として多くの観客を集めました。
そして、それぞれ異なる事情によって姿を消しました。
現在、大阪に競馬場がないのは、
「大阪には競馬の歴史がなかったから」
ではありません。
むしろ逆です。
大阪にも競馬があり、競馬場へ向かう人々がいて、馬が走り、歓声が上がる時代がありました。
その歴史が終わった結果として、現在の「競馬場のない大阪」があります。
街の現在だけを見ていると、その土地が昔どのように使われていたのかは分かりません。
公園の芝生の向こうに競馬場があったこともあります。
次に長居公園や岸和田市中央公園を訪れたときは、少しだけ昔の風景を想像してみてください。
大阪にも確かに、
競走馬が走っていた時代があったのです。



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