人生の冗長設計を軸に、週3日だけ働く生き方・アダプテーションFIRE・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。

近いのに遠い。遠いのに近い。

生活・その他雑記

「距離」と聞くと、あなたは何を思い浮かべますか?

普通は、単純に何キロ離れているかを思い浮かべると思います。

しかし、本当に人は距離をメートルで感じているのでしょうか。

私には以前から、不思議に思っていることがあります。

地図では近いのに、なぜか遠く感じる場所

例えば、大阪の阪急梅田駅とJR北新地駅。

どちらも大阪駅周辺です。

地図で見れば近いのですが、実際に歩くと意外と遠く感じます。

地下街を歩き、人混みを抜け、信号を渡る。

「近いはずなのに、遠い。」

そんな感覚になります。

逆に、ヨーロッパの地図を見ると、スペインとポルトガルは隣同士です。

もちろん外国です。

それでも、なんとなく「近い国」という印象があります。

国境という大きな境界があるにもかかわらず、不思議と心理的な距離は近く感じます。

移動時間よりも「行きやすさ」が距離を決める

仕事で新幹線に乗るたびに、同じことを思います。

私にとって、東京へ行くことよりも、三島や熱海へ行くほうが遠く感じるのです。

東京なら、のぞみに乗れば本数も多く、ほぼ迷うことはありません。

一方、三島や熱海は停車する列車を選び、時間帯によっては乗り換えも必要になります。

物理的な距離は東京のほうが何倍も遠いはずなのに、体感では逆転してしまいます。

和歌山県の串本も同じです。

大阪北部から見ると、地図ではそれほど遠くありません。

それでも実際に行こうと思うと、「遠いなあ」という感覚になります。

移動時間も長く、交通手段の選択肢も限られるからです。

反対に東京は、大阪から距離こそありますが、新幹線も飛行機も選択肢が豊富です。

「行こう」と思えば、いつでも行ける安心感があります。

だから、心理的には東京のほうが近く感じることさえあります。

お金や手間も「距離」を変えてしまう

車でも同じです。

大阪市内の大型商業施設へ行こうとすると、

「駐車場代はいくらだろう。」
「休日は上限なしだったかな。」

そんなことを考え始めるだけで、急に行く気がなくなります。

一方、郊外のイオンやららぽーと。

距離はもっとあるはずなのに、広い無料駐車場があります。

「気軽に行けそう。」

そう思えるだけで、ずっと近く感じます。

距離だけではありません。

お金や手間も、私たちが感じる「遠さ」を大きく左右しているのです。

時間にも「近い」と「遠い」がある

この感覚は、空間だけではありません。

時間も同じです。

免許更新。車検。年賀状。クレジットカードの引き落とし。

どれも数か月先、一年先の出来事です。

本来なら、まだまだ遠い未来の話のはずです。

ところが、

「もう免許更新か。」
「また車検の時期か。」

そんな気持ちになります。

一年という時間は長いはずなのに、あっという間にやってきます。

一方で、今日は火曜日。

土日は、あと数日先です。

それなのに、

「まだ火曜日か。」
「今週は長いな。」

そんなふうに感じてしまいます。

数日しかないのに、とても遠く感じるのです。

私たちは距離ではなく「障壁」を感じている

考えてみると、私たちは距離や時間を、その数字だけで感じているわけではないのでしょう。

乗り換え。待ち時間。駐車場代。混雑。手続き。楽しみ。面倒さ。

そんな「障壁」や「感情」を無意識に足し算して、「近い」「遠い」を判断しているのではないでしょうか。

仕事でも同じです。

隣の部署なのに話が通じず、とても遠く感じることがあります。

反対に、別の会社なのに毎日のようにやり取りをしている相手は、とても近く感じます。

人間関係も同じです。

毎日連絡を取り合う相手より、年に一度しか会わない友人のほうが、心の距離は近いことがあります。

私たちは、メートルも、日数も、そのまま感じているわけではありません。

感じているのは、「そこへたどり着くまでの負担」なのだと思います。

だから、

「近いのに遠い」「遠いのに近い」

ということが起こります。

距離とは、数字ではありません。

人はメートルを歩いているのではない。

障壁を越えながら、生きているのかもしれません。

▼最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になりましたら、応援クリックをいただけると、とても励みになります



Posted by かずきび