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誰が使うねんと思っていたコスモスクエア駅…30年後に始まった答え合わせ〜テクノポート大阪構想の残骸は失敗だったのか〜

2026年6月9日大阪中部

はじめに

最近、万博関連のニュースを見ていると、コスモスクエア駅の名前を目にする機会が増えました。

私自身も何度か利用したことがありますが、正直なところ、駅ができた当時はこう思っていました。

「こんな場所に地下鉄を延ばして、誰が使うのだろう」

周囲には空き地が広がり、高層ビルもまばら。

終点駅とは思えないほど人影も少なく、どこか未来都市の模型だけを先に作ってしまったような雰囲気がありました。

しかし、それから約30年…。

気がつけば、

・万博会場への玄関口
・IR予定地へのアクセス駅
・タワーマンション群
・大学や研究施設

など、多くの人が行き交う場所へと変わりつつあります。

今回は、そんなコスモスクエア駅と、大阪ベイエリアが歩んできた時間について、少し振り返ってみたいと思います。

昔、中央線の終点は大阪港駅だった

若い世代の方は意外と知らないかもしれません。

大阪メトロ中央線の終点は、かつて大阪港駅でした。

海遊館へ行くときに利用する駅。

私にとって中央線の西側終点といえば、大阪港駅のイメージです。

その先には海が広がっており、

「ここから先は港湾地区」

という感覚がありました。

私も高校時代、親睦を深めるためのプチ遠足で、大阪港の待ち合わせで海遊館に行った記憶があります。

今は賑わっているのかもしれませんが、当時はもっとガラーンと閑散としていたような気がします。

ところが1997年。

そのさらに先にコスモスクエア駅が誕生します。

当時は正直、

「なぜこんな場所まで地下鉄を延ばしたのだろう」

という印象でした。

テクノポート大阪構想という大きな夢

実はコスモスクエア駅は、単なる新駅ではありません。

背景には、

「テクノポート大阪構想」

という壮大な都市計画がありました。

大阪湾岸部を、国際的なビジネス拠点や先端技術都市へ育てようという構想です。

現在の咲洲や夢洲の開発も、その流れの中にあります。

しかし、バブル崩壊。

計画は大きく失速します。

建設されたインフラに対して、人や企業が集まりません。

立派な道路。立派な駅。立派なビル。

しかし利用者は少ない…。

当時のコスモスクエア周辺には、どこか未完成の未来都市のような空気が漂っていました。

「失敗した開発」と言われた時代

2000年代初頭の大阪ベイエリアは、決して成功例として語られていたわけではありません。

ATC。WTC。空き地。苦戦する商業施設…。

ニュースでも「大阪市の負の遺産」のような扱いを受けることが少なくありませんでした。

私自身も

「やはり早すぎたのだろうな」

と思っていました。

少なくとも、30年後に再び脚光を浴びる駅になるとは思っていませんでした。

ところが30年後、景色が変わり始める

しかし都市というものは面白いものです。

10年では分からないことがあります。

20年でも分からないことがあります。

30年経って、ようやく評価が変わることもあります。

現在のコスモスクエア周辺を見ると、

・タワーマンション
・大学施設
・インテックス大阪
・万博会場
・IR予定地

など、多くの機能が集まり始めています。

昔は空いていたホームも、人の流れを感じるようになりました。

もちろん、すべてが成功したとは言えません。

しかし「誰も使わない駅」だと思われていた場所が、

少しずつ都市の重要拠点へ変わり始めていることも事実です。

コスモスクエアは「失敗」だったのか

私は最近、コスモスクエアを見るたびに考えることがあります。

それは「失敗した都市計画だったのか」ということです。

もしかすると、失敗ではなく、単に時間が足りなかっただけなのかもしれません。

都市の成長は企業の四半期決算のようにサクサクとは進みません。

10年、20年、30年…。

場合によっては半世紀単位で評価されるものです。

大阪の重心は少しずつ海へ向かっている

かつて終点だった大阪港駅。

その先にできたコスモスクエア駅。

さらにその先に誕生した夢洲駅

私は以前、大阪の重心の記事を書きました。

こうして見ると、大阪の都市活動の重心は、少しずつ海側へ押し出されているようにも見えます。

もちろん、最終的にどうなるかは誰にも分かりません。

しかし少なくとも、

「誰が使うねん」

と思われていたコスモスクエア駅が、今も残り、そして重要性を増していることは事実です。

おわりに

コスモスクエア駅は、私にとって少し不思議な駅です。

開業当時は未来だけが先に存在していました。

そして30年後。

ようやく現実が、その未来に追いつき始めています。

もし再び訪れる機会があれば、ぜひ周囲の景色も見てみてください。

そこには、かつての「テクノポート大阪構想」の名残と、現在進行形の大阪の未来が同時に存在しているように思えるのです。

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Posted by かずきび47