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千里中央の交番前に残る「閉ざされた謎の通路」はどこへ続いているのか?

大阪北部

はじめに

大阪・千里中央。

かつては「セルシー」を中心に栄えた、北摂を代表するニュータウンの中心地です。

かつて、千里中央駅の中心部であるセルシー広場にはアイドルが来て、多くの人が集まりました。

現在は、千里中央駅の北側でも再開発が進み、

・ヤマダ電機
・千里中央病院
・タワーマンション
・図書館
・市役所出張所

などが並ぶ、落ち着いた街へと変化しています。

ただ、その千里中央に関して、現在、少し気になる場所があります。

ヤマダ電機・郵便局の近く。交番の横。かつての縄広場と呼ばれていた広場付近

そこに、どこにつながっているのか分からない

「閉ざされた屋根付き通路」

が残っているのです。

なぜか気になる「行き先不明の通路」

初めて見た時から、不思議でした。

通路としては、かなり立派です。

屋根もあり、人が歩く前提で作られているように見えます。

ただ、現在は閉鎖されています。

しかも「どこへつながっていたのか」がよく分からないのです。

ヤマダ電機へつながっているわけでもない。

現在の立体駐車場とも微妙に位置が合わない。

自転車置き場につながっているようにも見えない。

それなのに、なぜか残っている不思議な通路なのです。

昔の千里中央は「空中都市」だった

今の若い世代は分からないかもしれませんが、昔の千里中央は、

「歩行者デッキ都市」

のような構造をしていました。

セルシー、千里阪急、千里ライフサイエンスセンター、バスターミナル、モノレール…。

それらを、立体的な歩行者動線で接続する思想が強かったのです。

そして現在、北側エリアは大きく姿を変えています。

昔は青空駐車場だった場所に、ヤマダ電機、千里中央病院、タワーマンションなどが建設されました。

象徴的だったオブジェも撤去され、街の構造自体がかなり変化しています。

接続先を失った「都市の痕跡」なのか

私は、この閉ざされた通路は、

「昔の千里中央の歩行者導線の一部」

だったのではないかと推測しています。

つまり、再開発によって接続先だけが消え、途中部分だけが残された…。

そんな「都市の痕跡」なのではないか、と。

実際、千里中央に詳しい知人へ聞いても、

「そういえば、あれ何なんやろな…」

という感じの反応でした。

少なくとも、私の周囲では、はっきり知っている人はいませんでした

都市には「意味を失った構造物」が残る

ニュータウンや再開発都市では、廃階段、行き止まりデッキ、封鎖通路のような、

「役目を終えた都市構造」

が、ときどき残ることがあります。

ただ、多くの人は気に留めません。

しかし、私は、あの通路を見ると、昔の千里中央が、

「未来都市」

として設計されていた時代の空気を、少し感じるのです。

おわりに

あの閉ざされた通路は、いったいどこへ続いていたのでしょうか。

そして、今も誰かが使っているのでしょうか。

もしかすると、ライフサイエンスセンター方面につながる通路だったのか、あるいは、今は完全に失われた別の動線だったのか、縄広場の名残だったのか。

答えは分かりません。

ただ、再開発で街が変わっていく中、

「行き先を失った通路」

だけが、静かに残り続けている。

それが、どこか千里中央らしい気もしています。

子どもの頃の千里中央を知る人ほど、何となく

「あの通路、昔どこかにつながっていた気がする」

と感じるのではないでしょうか。

もし、この閉ざされた通路の正体をご存知の方がいれば、教えていただけると嬉しいです

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Posted by かずきび47