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南港フェリーターミナルと「未来の電車」…宮崎への合宿免許の記憶

大阪中部

はじめに

今から30年以上前。

私は、大阪ではなく、宮崎県の合宿免許で運転免許を取得しました。

当時20歳くらいだったと思います。

まだスマホもなく、ネットも今ほど普及していなかった時代です。

私は、大きな荷物を持って、ひとり南港へ向かいました。

目的は、宮崎へ向かうフェリーに乗るためです。

ポートライナーは「未来の電車」だった

当時の私は、ポートライナーのような新交通システムに、かなり未来感を感じていました。

無人で動く電車。

高架を滑るように走る車両。

人工島へ向かう無機質な景色。

子どもの頃から、「未来都市」のような印象を持っていました。

当時は、無人で動く新しい交通システムそのものが、どこか未来的で、少し怖い存在にも感じていました。

それでも、20歳前後の私にとって、あの電車は「日常から遠くへ向かう乗り物」だった気がします。

暗かった南港フェリーターミナル

当時の南港フェリーターミナルは、今のような観光的な雰囲気ではありませんでした。

もっと暗く、少し無機質で「長距離移動のための場所」という空気が強かった記憶があります。

広い待合空間。鉄の匂い。静かなターミナル。

そして、オレンジ色の太陽マークのついたフェリー。

ポツンとあった自販機で何かコーヒーでも買ったような気がします。

たしか「サンライズなんとか号」という名前だった気がしますが、正確には覚えていません。

広い船内は雑魚寝でした。

若かったので、特に苦ではありませんでしたが「これから知らない土地へ行く」という不安は、少しあった気がします。

ドラクエに例えると、船を入手して新しい土地に踏み込むような、どこかワクワク、どこか不安、そしてかなりレベルアップするんだなぁ…

という気持ちだったような気がします。

宮崎での合宿免許

宮崎の自動車教習所では、無事に実技教習を終えることができました。

ただ、すべてが順調だったわけではありません。

大阪へ戻り、最後に待っていた光明池運転免許試験場の学科試験。

私は、90点に満たず、一度不合格になりました。

「不合格者だけ退出してください」と言われ、誰も立たずに、私を含め数人が会場を後にした苦い経験は今でも覚えています。

そして、二回目の試験でようやく合格。

今では30年来のベテランドライバーに成長しました。

今となっては、それも含めて、あの時代のよき思い出です。

数十年後、再び見たポートライナーの風景

先日、仕事で倉庫見学をする機会があり、久しぶりにポートライナーへ乗りました。

すると、昔とは違う感覚を持ちました。

かつては「未来都市」に見えていた景色が、今では、少し静かな団地群に見えたのです。

もちろん、街が悪くなったという意味ではありません。

ただ、未来だった街も、時間の中で日常へ変わっていく。

そんなことを感じました。

おわりに

20歳の頃。

不安を抱えながら、私は、南港から宮崎へ向かいました。

あれから数十年後…。

今度は、コンサルタントとして、物流倉庫を見るために、再びベイエリアを訪問。

人生は不思議なものです。

今でも、南港の暗いフェリーターミナルと、未来の電車のようだったポートライナーの景色を、ときどき思い出します。

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Posted by かずきび