週3日だけ働く生き方・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。働き方に悩む人の道しるべに。

あの頃の日本橋電気街は、一日中歩いても飽きない街だった

大阪中部

はじめに

大阪・日本橋の電気街。

関西に住んでいる人にとっては、一度は訪れたことがある場所ではないでしょうか。

私自身も、若い頃はよくこの街を歩いていました。

特に目的があるわけでもなく、ただ一日中、ブラブラと。

今回は、そんな日本橋電気街の記憶を、少し振り返ってみたいと思います。

ファミコンの時代

当時の日本橋は、今とは少し違う空気がありました。

ファミコンのソフトを探しに行く。

パソコンショップでPC98を眺める。

フロッピーディスクが並び、やがてCDが登場する。

技術が少しずつ進んでいく時代で、その変化を店頭で感じることができました。

特に印象に残っているのは、

「何かを買うわけではないのに、一日いられる場所だった」

ということです。

店を何軒も回りながら、

・新しいゲーム
・パソコンのスペック
・周辺機器

を見ているだけで、時間が過ぎていく。

今思えば、あれは「消費」というよりも、「体験」に近い時間だったのかもしれません。

フロッピーディスクからCDへ

時代の変化も、この街では分かりやすく見えていました。

フロッピーディスクが当たり前だった時代から、CD-ROMが主流になっていったのです。

記憶媒体が変わることで、容量・価格・ソフトの内容…

すべてが変わっていきました。

日本橋は、その変化の最前線にありました。

ディスクシステムのハッカーカード

昔、ファミコンにはディスクシステムというフロッピーのような黄色いカードで遊べる仕組みがありました。

当時、500円で、新しいゲームを上書き・書き換えすることができたのです。

ファミコンのカセットは5000円くらいしたので、画期的な仕組みでした。

あるゲームをクリアしたら、次のゲームへ500円で書き換え。

私はのめり込んでいました。

そして、日本橋を隅から隅まで歩き回ると、500円を払わずにディスクシステムをコピーできる、黒いハッカーカードも販売されていました。

私は喉から手が出るほど欲しかったですが、なんとなくズルをしているような気がして、買うのをやめた記憶があります。

今では考えられない世界ですよね…。

今の日本橋を歩いてみると

久しぶりに日本橋を歩くと、そこには、昔とは少し違った風景が広がっていました。

シャッターが閉まっている店。

以前より人通りが減った印象。

そして、目につくのは外国人の姿です。

もちろん、街は完全に衰退したわけではありません。

ただ、

「かつての電気街としての日本橋」

とは、少し違う場所になっているように感じます。

変わったのは街なのか、それとも時代なのか

ここで少し考えてしまいます。

変わったのは、日本橋なのか、それとも、時代のほうなのか。

今は、わざわざ電気街に行かなくても、

・ネットで情報が手に入る
・商品はすぐに購入できる

そんな時代です。

つまり、かつて日本橋が担っていた役割そのものが、変わってしまったとも言えます。

それでも残るもの

ただ、それでも思うのは、あの頃の日本橋には確かに、

「その場に行く意味」

があったということです。

一日ブラブラ歩いて、何も買わずに帰る。

それでも満足できる。

そういう場所は、今では少なくなったのかもしれません。

さいごに

街は変わります。技術も変わります。

そして、人の過ごし方も変わっていきます。

日本橋電気街も、その流れの中にあります。

ただ、個人的な記憶としては、

ファミコンやPC98を眺めながら過ごした時間は、今でもはっきりと残っています。

あの頃の日本橋は、

「何かを買う場所」ではなく、「時間を過ごす場所」でした。

そんな街だったことを、ふと思い出します。

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Posted by かずきび47