人間 vs AIではない…問題は「使い方」だと思う理由

人間 vs AI ではなく、使い方の問題
私は書店が大好きです。
書店に行けば、まず、ビジネス新書のコーナーに立ち寄ります。
通常の棚に並んでいるビジネス書籍は、既に読み終えたもの、もしくは内容の分かっているものが殆どだからです。
経済・経営・不動産・コンサル関連(業務改革やSCM)のコーナーの書籍は、タイトルと本の色・帯まで頭に入っている感じです。
そんな中、最近、気づいたことがあります。
・AIに仕事を奪われる
・人間は危機感を感じないといけない
・生成AIが人間をダメにする
こんな感じの書籍が本当に増えてきました。
確かに、文章作成や情報整理といった分野では、AIの進化は目覚ましいと思います。
しかし、この状況を「人間 vs AI」という構図で捉えること自体が、少しズレているのではないかと私は考えています。
私自身、DXコンサルタントという仕事柄、日常的にAIを使っています。
ただ、そこに勝ち負けの感覚はありません。
むしろ、
ツールとしてのAIの特性を理解し、どのように使っていくか
という視点のほうが重要だと感じています。
AIに向いていること、AIが得意な領域
①問題意識を持つこと
AIの最大の強みは、処理速度と安定性だと思っています。
ある程度の前提条件や方向性を与えれば、短時間で文章の骨格を整えてくれて、一定の品質でアウトプットしてくれます。
これは人間が苦手とする「ゼロから形にする初期段階」を大きく短縮してくれます。
②判断と責任を引き受けること
特に有効だと感じるのは、自分の考えを投げて、それを文章として返してもらう使い方です。
AIは正解を押しつけてきません。
受け止めてくれる感じです。
そして、こちらの思考を整理し、見える形に可視化してくれます。
これは議論というより、思考の壁打ちに近いものだと思っています。
人間にしかできないことは、むしろ増えている
①問題意識を持つこと
逆に、AIは問いを立てるのが苦手だという認識です。
何に違和感を覚え、何を考えたいのか。
例えば、私のブログは大阪ローカルのネタをいくつか扱っています。
その着眼点は、私自身の経験や感情、価値観といったものに依存しているため、AIにお願いしても、何もないところから記事を作成することはできません。(私の記事は私の経験・思い出と結びついているため。)
②判断と責任を引き受けること
どれだけ整った文章や選択肢が提示されても、最終的に決めるのは人間です。
投資判断、制度の捉え方、発信内容の是非。
ここには必ず責任が伴います。
この部分をAIに委ね、AIの良し悪しを測るのは本末転倒だと思っています。
「AI量産」と「共存型の使い方」は別物
最近、AIを使ったブログやコンテンツが増え「AI量産」という言葉もよく聞きます。
しかし、問題なのはAIそのものではなく、使い方の雑さだと思っています。
自分の考えがなく、検索上位をなぞるだけなら、確かに中身のない量産物になるでしょう。
ただ、一方で、明確な問題意識や判断軸を持った人間が使えば、AIは編集者や補助輪のような存在もなりうると思っています。
プロンプトで買う「自分専用の新書」
最近感じているのは、AIを使うことで「今の自分に必要な新書」を、リアルタイムで読む感覚に近づいているということです。
冒頭に述べたように、書籍は、執筆者の考えを構造的にきれいにまとめたものなので、お買い得だと思っています。
ただ、執筆や校正、出版までに時間がかかるため、どうしても内容は過去の成功体験や整理された知識になります。
株価や為替など、テーマによっては、情報の鮮度がより大切なことってありますよね。
一方でAIは、今の状況、今の悩み、今の判断軸に合わせて文章を生成できます。
お金を払って、完成品の書籍を買うのではなく、
「プロンプトという手段でAIに問いかけることで自分の思考に対するアイディアを引き出す」
この違いは大きいです。
対立ではなく、位置付けの問題
・AIに負ける
・AIに仕事を奪われる
と考えると、どんどん不安になっていく気持ちは分かります。
しかし実際には、AIは敵ではありません。
使い方次第で思考を拡張するツールにもなります。
・人間が考え、問いを立て、判断を下す
・AIが整理し、言語化し、壁打ちをする
この分業ができたとき、作業効率だけでなく、思考の質そのものが一気に変わることでしょう。
AI時代に必要なのは、技術への恐怖ではなく、自分が何を考えたいのかを自覚する力なのかもしれませんね。
少なくとも私は、そう感じています。



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