南海電車が走っていない天王寺駅に「南海そば」がある謎…消えた南海天王寺線の歴史とは?

天王寺駅。
JR・近鉄・大阪メトロが乗り入れる、大阪でも屈指の巨大ターミナル駅です。
私自身、昔から天王寺の街にはよく行っており、年齢を重ねた今でも、変わりゆく天王寺の風景には驚かされるばかりです。
かつては「おじさんの街」、天王寺動物園のイメージでした。
ところが、現在は「あべのハルカス」を中心として、若者が集まる華やかな街へと変貌しました。
そんな天王寺駅の片隅に、ひっそりと営業しているお店があります。
南海電車が通っていないのに、なぜか存在する「南海そば」。
今回は、この素朴な疑問からスタートし、天王寺にかつて存在していた「消えた南海線」の歴史をたどってみたいと思います。
天王寺駅に「南海」の痕跡が残っている理由
南海そばの存在が示す「かつての路線」とは?
天王寺駅には、南海電車は乗り入れしていません。
にもかかわらず、なぜ「南海そば」があるのでしょうか。
実は、天王寺駅にはかつて「南海天王寺線」が存在していました。
・天王寺〜天下茶屋
・わずか2.4キロメートル
・1両編成のローカル線
今、駅構内に残る「南海そば」は、天王寺に南海が乗り入れていた時代の名残でもあるのです。
南海天王寺線の歴史
MIOの下に残る「謎の空間」の正体
新今宮駅からJRで天王寺駅へ向かうと、天王寺駅に着く寸前、MIOの地下あたりに、妙な空洞があるのが見えます。
・駅跡のような暗闇
・かつての線路跡らしきスペース
・2000年代までは地上にも線路跡が確認できた
これらの「謎の空間」こそ、南海天王寺線の痕跡なのです。
そもそも南海はなぜ天王寺へ?
南海電鉄は、難波が本拠地でしたが、国鉄(現JR)との接続強化を狙い、天王寺に路線を持っていました。
しかし、歴史の流れは大きく変わります。
新今宮駅開業が南海天王寺線の運命を変えた
1966年、新今宮駅が開業。
南海本線・高野線の全列車が新今宮に停車するようになりました。
すると、天王寺線の利用者が激減…。
天王寺駅は「南海線の乗り換え駅」としての役割を失いました。
天王寺線は「取り残された路線」へと転落していきます。
徐々に切り離されていく天王寺線
・1984年:今池町〜天下茶屋が廃止
・天王寺〜今池町の1駅だけが残る
・南海天王寺駅も今池町寄りに移動
・本線から完全に切り離され「支線」扱いに
もはや路線としての一体感は失われていました。
堺筋線延伸がとどめに
1993年、地下鉄堺筋線が
「動物園前〜天下茶屋」
まで延伸することになりました。
天王寺〜天下茶屋を結んでいた南海天王寺線は、地下鉄の開業で乗客をさらに奪われ、存在意義を完全に失うことになります。
そして…
1993年3月31日
南海天王寺線は、堺筋線延伸から1ヶ月足らずで廃止されることになったのです。
現在の南海天王寺線跡
MIOの「あの空間」は本当に駅跡なのか?
・線路跡はフェンスに囲まれた空き地に
・地上部分は再開発されアスファルト化
・MIO西側のくらい空間にわずかな痕跡が残る
しかし、一般人が近くで確認することはできません。
「あれは駅跡なのか?」「残された空洞はどうなっているのか?」
このあたりの謎は、今も天王寺の小さな歴史ロマンとして残っています。
もし南海天王寺線が生き残っていたら…?
地下鉄堺筋線の延伸がなかったら、天王寺の街を薄緑色の南海電車が走り続けていたのでしょうか?
そして、南海電鉄の「大阪梅田への進出」は実現していたのでしょうか?
失われた路線の跡を歩くと、そんな「もしも」をつい想像してしまいます。
まとめ
南海天王寺線は、
・都市開発
・乗り換え動線
・鉄道会社間の競争
といった歴史の中で姿を消した短いローカル線でした。
しかし、天王寺駅の片隅で今も営業する「南海そば」や、MIOの下に残る「暗闇の空間」は静かにその名残を伝えています。
天王寺を訪れる際は、ぜひこの「消えた南海線」の歴史にも思いを馳せてみてください。
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