西成の崩落事故で思い出した…天王寺を走っていた2本の幻の南海路線

西成の民家崩落事故で思い出した「天王寺の2本の廃線」
2021年6月25日。
大阪市西成区の住宅街で崖が崩れ、その上にあった民家が相次いで崩落するという衝撃的な事故が発生しました。
幸い、けが人はいなかったものの、住宅街での崩落事故は多くの人にショックを与えました。
ニュースを見たとき、私の頭の中には、ふと天王寺にかつて存在した2本の路線がよぎりました。
・南海天王寺線
・南海平野線
どちらも、今では完全に姿を消した、いわゆる「幻の路線」です。
※もちろん、崩落事故とは何の関係もありませんが、地形や歴史を知る身として自然と連想してしまった…というだけの話です。
かつて天王寺に南海電車が乗り入れていた事実
現在の天王寺からは南海電車の姿はまったく想像できませんが、昔は2本の南海系路線が天王寺まで伸びていました。
それが、
・南海天王寺線
・南海平野線
です。
ここから、それぞれの路線を簡単に振り返ってみます。
南海天王寺線…飛田新地の横を走っていた「斜めの路線」
googleマップで天王寺駅の南西を見てもらうと、JR天王寺駅から南海天下茶屋駅へ向けて「斜め伸びる不自然なカーブ」を確認することができます。
このラインこそ、南海天王寺線の廃線跡です。
今でこそ、天王寺は若い子があふれるおしゃれな街の印象があります。
ただ、昔はおじさんの街、その南側は下町という雰囲気でした。
緑色の南海電車が天王寺まで乗り入れていたことは、今では知る人ぞ知る話です。
南海天王寺駅は現在のMiOの地下にあり、1993年、地下鉄堺筋線の開業とともに姿を消しました。
南海平野線…阪神高速の大カーブの地下を走っていた路線
同じように、天王寺駅の南側をGoogleマップで見ると、阪神高速14号松原線の大きなカーブが目に入ります。
その真下を走っているのが地下鉄谷町線ですが、1980年頃、この地下鉄や高速道路に置き換わる形で廃止されたのが南海平野線です。
現在、天王寺に南海電車のイメージはほとんどありません。
ただ、かつては2つも路線が乗り入れていたのです。
YouTubeでは当時の走行シーンが残っており、鉄道ファンにはたまらない映像になっています。
特に終点の南海平野駅は今見ても「かっこいい駅」でした。
天王寺の歴史の中に眠る2本の「幻の南海路線」
西成で起きた衝撃的な事故をきっかけに、ふと記憶から甦った2本の南海路線。
・天王寺線
・平野線
この2つは、今の街を歩くだけでは気づかない、地形の中にうっすら痕跡を残す「都市の歴史遺産」です。
散歩のついでに、Googleマップを片手に跡地をたどってみると、意外な発見がまだ見つかるかもしれませんね。
















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