週3日だけ働く生き方・フリーランスの独立・法人経営・不動産賃貸業・メンタルヘルス・大阪ローカルの不思議など、実体験から発信するブログです。働き方に悩む人の道しるべに。

もし千日前線が泉北ニュータウンまで延伸していたら?大阪南部はどう変わっていたのか

2019年3月30日大阪南部

泉北ニュータウンが直面する少子高齢化と現在の課題

泉北ニュータウンが、少子高齢化の流れを受けて、昔の輝きを失いつつあります。

千日前線とは?「哀愁を帯びた路線」と言われる理由

一方、舞台は大阪市内にうつり、大阪地下鉄千日前線

言わずと知れた、ピンク色をイメージカラーとする地下鉄です。

千日前線は、野田阪神駅から南巽駅まで、大阪市内の大都会を走っていますが、どことなく哀愁を漂わせています。

千日前線は、大阪市内・大阪の繁華街を走っているにも関わらず、電車は4両編成になっています。

乗客が少ないので4両編成になっているのではないかと思われますが、どの駅もホームは大きいので、計画上は、多くの乗客を見込んでいたのでしょう。

日本橋・谷町九丁目などで見られるホーム未使用部分

例えば、日本橋駅を思い浮かべてください。

ホームの端のほうは、未使用部分になっており、電気は消えていて暗くなっています。

谷町九丁目駅はいかがでしょうか?

日本橋駅と同様、駅のホームの中で使われていない部分は、資材置き場になっており、電気は消されています。

野田阪神駅の未使用ホームが語る計画の名残

もうひとつ、終着駅となっている野田阪神駅はいかがでしょう。

2番線ホームは未使用であることが分かります。

阪神なんば線直通の影響で厳しくなる千日前線

このように、千日前線は、現在、とても元気のない路線になっています。

さらに、ライバルである近鉄難波線が、阪神なんば線との直通を開始したため、千日前線はさらに苦しい立場となることが予想できます。

泉北ニュータウンの交通計画にあった「幻の案」

昭和38年頃の話です。

堺市の泉北ニュータウンに交通網を作る計画が考えられていました。

最有力だった御堂筋線延伸案

最有力の案は、御堂筋線を延伸する案でした。

阪和線・高野線の分岐案

しかし、他にも、

・国鉄阪和線を分岐させる案
・南海高野線を分岐させる案

などがあったようです。

千日前線を泉北まで延ばす案も存在していた

さらに、

・千日前線を延伸する案

もあったのです。

結論として、御堂筋線でもなく、南海高野線でもなく、大阪府が自前で会社を立てて、自前で鉄道をつくることになるのですが…。

もし千日前線が泉北ニュータウンまで延伸していたら?(仮定)

もし、千日前線が延伸していたら、今頃、泉北ニュータウンはどうなっていたのでしょう?

泉北高速鉄道は誕生しなかった可能性

まず、泉北高速鉄道はなかったでしょう。

大阪南部を縦断する幹線としての千日前線の未来

千日前線が、松原付近を南下し、美原、北野田(狭山?)、泉ヶ丘、栂・美木多、光明池、和泉中央…

と、大阪南部を縦断することになっていたでしょう。

千日前線が泉北延伸となっていた場合、ここからは、完全に、私の仮定と想像の話となります。

泉北住民の利便性向上と運賃イメージの変化

・泉北高速鉄道の運賃が高いイメージが存在しなくなるので、泉北住民の満足度が高まっていた
・近鉄と重複路線となり元気を失っている千日前線が、独自色を出して、大阪南部の幹線となっていた

さやま遊園地の存続など街の姿への影響

・大阪市内から、北野田・狭山へ行く人が増えるため、さやま遊園地が存続していた
・泉北ニュータウンから、鶴橋、なんば、野田阪神まで一本で行けるので、泉北住民の満足度が高まっていた

御堂筋線「なかもず」不在による大学立地の変化

・御堂筋線のなかもず駅が存在しなくなるため、大阪府立大学のキャンパスが今とは別のところに移転していた

いずれも、仮定の話なので、なんとも言えません。

千日前線と泉北ニュータウンがつながっていた未来は明るかったのか?

しかし、もし、千日前線の延伸が実現していたとしたら…

現在、元気のない千日前線と泉北ニュータウンは、今以上の賑わいを見せていたのでしょうか…。

【関連記事】大阪に眠る「鉄道の裏歴史」はこちら:

▼最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になりましたら、応援クリックをいただけると、とても励みになります

にほんブログ村 ライフスタイルブログ フリーランス生活へ
にほんブログ村





スポンサーリンク

Posted by かずきび47