日本一「改名回数が多い駅」は大阪にあった!6回改名した「関大前駅」の歴史

日本一の「改名回数」を持つ駅は大阪にあった
駅名は、その地域の顔ですよね。
このため、駅名自体が変更・改名されるケースはほとんどないでしょう。
ところが、日本で最も多く駅名が変更された駅が、なんと大阪の中に存在していたのをご存知でしょうか?
改名回数日本一は阪急千里線の「関大前駅」
日本一、駅名が変更された回数の多い駅…
それは、阪急千里線の「関大前駅」になります。
駅名の変更回数はなんと6回。
これは、2019時点で正式に日本記録となっています。
関大前駅の駅名が変わり続けた理由とは?
「関大前駅」は、1921年(大正10年)に最初の駅「花壇前駅」として開業しました。
しかし、周辺の街の変化、遊園地・大学の開設、戦時中の情勢など、さまざまな事情で駅名が次々と変わっていきます。
以下、時系列で整理していきます。
関大前駅の駅名の変遷(時系列)
①1921年:花壇前(開業)
千里山遊園の最寄り駅として賑わっていた駅です。
北から「千里山 → 花壇前 → 豊津」となっていました。
②1922年:大学前駅の開業(別駅)
1年後の1922年(大正11年)、関西大学の最寄り駅として「大学前駅」が誕生します。
花壇前の隣に新駅が生まれ、配置が複雑になってきます。
この時点では北から「千里山 → 大学前 → 花壇前 → 豊津」となりました。
③1938年:花壇前 → 千里山遊園駅
1938年(昭和13年)、「花壇前駅」は遊園地の存在を反映し、「千里山遊園駅」に駅名を変更することになります。
この時点で「千里山 → 大学前 → 千里山遊園 → 豊津」となります。
④1943年:千里山遊園 → 千里山厚生園駅(戦時中)
戦争中だったため、1943年(昭和18年)、「千里山遊園駅」はさらに名前を「千里山厚生園」に名称を変更しました。
この時点で「千里山 → 大学前 → 千里山厚生園 → 豊津」となります。
⑤1946年:千里山厚生園 → 千里山遊園駅(戦後)
戦争が終わった1946年(昭和21年)、また名前を「千里山遊園駅」へ戻すことになります。
この時点で「千里山 → 大学前 → 千里山遊園 → 豊津」となります。
⑥1950年:千里山遊園 → 女子学院前駅
1950年(昭和25年)、近くに女子大学ができる予定だったことから、「千里山遊園駅」は、名前を「女子学院前駅」に変更することになります。
この時点で「千里山 → 大学前 → 女子学院前園 → 豊津」となります。
⑦1951年:女子学院前 → 花壇町駅
その後、女子大学ができる計画は頓挫して、1951年(昭和26年)に、開業当初の名前に近い「花壇町駅」という駅名に戻します。
この時点で「千里山 → 大学前 → 花壇町 → 豊津」となります。
⑧1964年:大学前駅と統合 → 関大前駅へ
1964年(昭和39年)、駅間距離が短かった「大学前駅」と「花壇町駅」の両駅を統合し、「関大前駅」に降りつきます。
これで現在の配置「千里山 → 関大前 → 豊津」が誕生したのです。
6回の改名:日本一の記録
関大前駅の改名履歴をまとめると、次のようになります。
・花壇前(開業)
・千里山遊園
・千里山厚生園
・千里山遊園(再び)
・女子学院前
・花壇町
・関大前(統合後)
1921年から1964年の43年の間で6回の改名。
約7年に1回のペースで改名されています。
これは、日本の鉄道史で極めて珍しいケースです。
地域の変化とともに歩んだ駅の歴史
ここまで頻繁に名前が変わった駅は他にありません。
それだけ、時代の変化や街づくりと密接に関わってきた駅だと言えるのでしょう。
長い歴史の中で役割を変えながら、地域とともに生きてきた…
それが「関大前駅」のユニークな魅力なのです。















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